当時,霊言集には大川隆法の写真は載っていませんでした。私は、著者の大川隆法がどんな人なのか、どんな話し方をするのかを知りたくて、初めて千葉という、実家からそれなりに離れた土地まで電車で遠出して、講演会に参加することにしました。チケットは、電話で問い合わせて郵送してもらいました。3千円くらいでしたでしょうか。当時は一人で行くのはさびしかったので、弟を連れて行ったのを覚えています。大川隆法の顔を見るのが目的だったので,私達は前半の部だけに参加することにしました。
1990年6月3日。講演会当日が来ました。会場にはかなりたくさんの人がいるのに驚きました。やがて開演時間がやってくると奉納曲と呼ばれる音楽と、様々な自然の風景の映像が会場に流れ、様々な色の照明が光の演出をしてゆきます。なんだか心が落ち着くのを感じながら、大川隆法の登壇を固唾を飲んで見守る観客達。音楽が終わると,大きな拍手とともに舞台の横から大川隆法が登場し、話しはじめました。思ったより小柄だなーという印象です。会場はかなり広かったため、自分たちの席から見ると大川の姿は非常に小さかったので、モニター画面でしか顔を確認できませんでした。その口調は抑揚が効いていてゆっくりとしていました。
彼が話し始めると、近くですすり涙を流す人の声が聞こえてくるのに私たちは驚きました。それほどまでに感動するものなのか?と思いながら、やはり、「新興宗教団体の中に入ってしまったんだなぁ」という思いの中、講演内容を聞きました。私は,これほどの多くの人たちが、涙を流すほど感動しているという、その雰囲気に飲まれそうになりました。
人の心は、いくつかの杭が刺さっている川の流れのようだ。その杭に、ゴミがいっぱいひっかかっているので、悩みが生じる。反省によってその杭を一つ一つ抜くことによって、心は調和され,川の水はサラサラと流れてゆくのだ、そのような心が平静心である・・・
そんな内容だったように思います。前半の話が終わり、休憩時間に入りました。後半には本論がありますが、私たちは序論だけを聴いて、そのまま帰宅しました。後で聞いた話では、後半の話は「礼・知・信・義・勇」の話だったそうです。前半の話の指導霊は老子、後半の指導霊は孔子ということを聞いたことがあります。このように、当時の講演会には「指導霊」がついていて、話の内容によって指導霊が変わる,と言われていました。これが、私の初めての講演会への参加です。