2018年4月29日日曜日

大川隆法と独裁者

会員だったとき、私は「伝道」したいと思っていた。
伝道とは「与える愛」であって、絶対の「愛の行為」であるとされていた。

ところが一方、伝道とは幸福の科学という組織にとっては「会員数を増やすこと」を意味していた。
私は組織としての幸福の科学が「与える愛」を行っておらず、ただ数字だけを求めている(要求しかしていない=奪う愛)ことを薄々わかってはいたが、そのことを意識しないようにしていたと思う。

毎月のように「伝道目標数」を申告し、その達成を求められる日々もあった。
中には次々に伝道に成功して行く人もいるが、実際のところ、どうして「数」を増やせるのかよくわからなかった。
幸い、私は「伝道」に成功したことは無かったが・・・。

見ず知らずの人の家を訪問し、献本をするという行動もやったことがある。
これは最初はかなり勇気がいることだったが、ある意味、羞恥心を捨てて慣れてしまえばできないことはない。

難しいのは、「家族伝道」だ。
自分の両親や兄弟は、小さい頃から私のことを知っている。ごまかしは効かないのだ。
私は父親にこう言われた。

「大川隆法さんは、北朝鮮の金正日とどう違うの?」


正直、私はこの疑問に答えられなかった。
私は大川隆法を信仰していた。自宅に大川隆法の「御真影」を飾り、毎日祈っていた。
休日には支部や精舎と呼ばれる施設に行き、様々な形のエル・カンターレ像に対して手を合わせていた。

外形的には、この行為は北朝鮮の人々が「将軍様」の写真や像の前でひれ伏しているのと変わらない。
もちろん、金正日は唯物論の国の独裁者であり、大川隆法は唯物論を批判している。
思想の内容が天と地ほども違うのだ、と説明できないこともなかった。

だが、私には思想が全く違うにも関わらず、行動が一緒になることの理由がわからず、腑に落ちなかった。

幸福実現党についても同じことが言える。
幸福実現党は自由で寛容な宗教政党である、リベラルな考え方を持ち、民主主義を守る、そういう新しい政党だと私は信じていたわけであるが、
実際には党首をはじめ全ての党員が大川隆法の鶴の一声によって動く政党だということにも薄々気がついていた。
これは全く民主主義的でないし、むしろこういう政党が政権をとったら「独裁政治」になるのではないだろうか。

「わからない人はわからなくてもいい」とか「信仰は美しい」という言葉によって、自分を自己陶酔させていたのだと、今では思う。

1991年ごろ、幸福の科学がマスコミに叩かれたことがあった。
「大川隆法はヒトラーのようだ、ファシズムだ」と言われたことがあった。

それに対して、大川隆法は大講演会でこう言った。

「ヒトラーがいつ愛を説いたか。ヒトラーがいつ神の国の実現を説いたか。それを説いたはイエス・キリストではなかったのか。キリストとヒトラーの区別がつかないものに言論を弄する自由などない」

今の私には、「愛という言葉を声高に叫べば、自分の行為は正当化されるのだ」と言っているように聞こえる。
しかも、「自由などない」と言ってしまっている時点で、もう独裁者としての"資質"を示してしまっている。

当時の私は愛に飢えていた。自分が独りでは寂しくて、誰かにやさしくして欲しい。
でも奪う愛では愛を貰えない。だから必死に「愛を与えて」いたように思う。

「人類を愛する人」とはつきあわないこと。
愛を唱えている人は、必ずしもやさしい人ではない。
たいていは残虐で冷たい人であることのほうが多い。


加藤諦三著「やさしい人ーどんな心の持ち主かー」178ページ、PHP文庫