2013年11月10日日曜日

初版「太陽の法」で語られていた大川隆法の自伝的内容

 「太陽の法」初版は1987年6月に出版されました.書き言葉であったためか、私には少々読みにくく、どちらかというと私は予言に関心があったためそれほど感動はしなかったです.後に会員になった人に聞いてみると、熱心な信者ほど太陽の法に感動した、という人が多かったようです。この本は幸福の科学の書籍の中で最も大切な本であるという位置づけであるにもかかわらず、現在に至るまでにその内容は何度も書き換えられています。最も顕著に書き換えられたのは、この本の最後の自伝的な内容でしょう。初版で語られていた内容は、もう今では知らない信者が増えているのかもしれません。
 生来、愚鈍で頭の悪かった大川隆法は、小さい頃から努力に努力を重ね,東京大学法学部に一浪してやっと滑り込んだこと。優秀な東大生の中で劣等感を抱き、人と会うと大言壮語をはいていたこと。そんな自分がいやになり、対人恐怖となり、下宿で本ばかり読んでいたこと。赤面恐怖症で女性とも話すことができず、失恋したこと。司法試験や公務員試験にも不合格になったこと。東大に助手として残ろうとしたが、成績不良にしてその道は閉ざされたこと。そして商社に拾われる形で就職したこと。そのようなことが赤裸々に語られています。
 当時、私も大学に入って初めて恋をし,そして失恋したばかりだったので、劣等感に苛まれていました。だから、著者の気持ちに共感するものがありました。他の初期信者の皆さんも,このような気持ちに共感した人が多かったのではないでしょうか?大川隆法の気持ちがよくわかるからこそ、彼がやろうとしている新事業を応援したいと思ったのではないでしょうか。
 私は、この記述はおそらく本当だったのだろうと思います。真実の大川隆法の姿が、素直に表現されていると思います。大川隆法は劣等感の塊だった。そのことは、真実なのだから、何も恥じることはないはずです。しかし、その後、幸福の科学がマスコミとの戦いを開始した後,彼は自分の過去を書き換えてしまいました。
 1994年に改訂された「新・太陽の法」では、小学生の頃から頭が良く、いつもトップクラスの成績だったということになりました。一浪したことや失恋の記述は消えました。大学3年のとき書いた研究論文を読んだ教授からは「君は学者になれば大活躍できるだろう」と言われた,とあります.司法試験の論文式試験で不合格になったのは、あまりにも学問的に成熟した答案を書いたので採点官が後込みしたためであるということになりました。そして総合商社の人事担当者から「三顧の礼」を持って迎え入れられたということになりました。
 いったいどちらの記述が正しいのでしょうか?新版の「まえがき」には「この国のジャーナリストや宗教学者には謙譲の美徳が理解できないようなので,飾らずに率直に書いてみた」と書いてあります。本当は新版が正しかったが、旧版を書いた当時は謙虚に表現した方が宗教的かなと思った、という趣旨の発言も聞いたことがあります。信者は「どちらも正しい」と言うと思いますし、私もそう考えていました。しかしよくよく考えてみてください。こんなにも異なる内容の両方ともが正しいなんてあり得ないのです.少なくとも,大川隆法は時と場合によって自分に都合の良いことしか言わないということでしょう.もしこんなことを他の会社の社長がしたら、許されるでしょうか。政治家がこんなことを言ったら経歴詐称です。ましてや大川隆法は世界宗教を目指す宗教団体のトップなのです。
 今になって気づいたことですが、謙譲の美徳とはウソをつくこととは違います.飾らず率直な文章とは旧版の文章のことを指すのであって、新版の文章こそが飾った文章であるとしか思えません。自分に自信があるのなら、どうしてこんな180度違うことを書く必要があったのでしょうか? その理由は劣等感が全く癒えていないからではないでしょうか。「人と会うと大言壮語をはく」という性格が、新版の文章を書かせたと考えると、とても良く納得できるのです。

追記:

あまりにも学問的に成熟した答案を書いたら、普通は合格するはずじゃないでしょうかね。普通の人の感覚ならあまりにも非現実的な話であると簡単に気がつくのですが、会員はもっともっと非現実な話を信じることに慣らされているので、この文章の胡散臭さに全く気がつくことができないのです。

2 件のコメント:

  1. はじめまして。全く同感です。文章を書かれるのが上手いですね。とても気に入りましたので、勝手ながら、ブックマークに入れさせていただきました。

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    1. コメントありがとうございます.たまに更新するので,また来てください.

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