2014年11月3日月曜日

大川隆法の幼稚な性格が信者を不幸にしている

文部科学省から大学の認可が降りなかったようですね。

これを受け、幸福の科学からは「大学設置委員会スピリチュアルレポート」なる霊言本を出すそう。

目次を見る限り、また性懲りもなく審査会のメンバーの守護霊の暴言を載せてあるのでしょうね。


もう人のせいにするのは、やめてほしい。うまくいかない理由は自分にあるんじゃないのか。

それが「反省」の原点じゃなかったのでしょうか?

これじゃまるで、大学に受からなかったのは大学が悪い、文科省が悪い、世間が悪い、と言っている浪人生みたいだよ。


ほんとうに、みっともないです。


審査会からの是正意見が届いたとき、一つ一つの意見に対して真摯に、誠実に答えるということをしなかった大川。

それどころか、下村大臣の霊言を緊急出版し、暴言のオンパレード。

これじゃあ、文科省がOKを出さないのも当たり前じゃないか。

身から出たさびじゃないか。


こちらの意見や要望が通らなかったら急に怒り出し、「これが相手の本心です」と言って「暴言」を暴露する。

私はもう今は霊言をただの嘘だと気づいておりますが、もしそれが本当だったとしても、相手の本心を暴露するなんて非常に幼稚な手段じゃないでしょうか?

なぜなら、そんなことができるのは大川だけだからです。


こんなルール違反のやり方をするのが本当に仏陀なのですか?それが神様のやり方なのですか?


自分の意見に対して反発があるのは、相手なりの理由があるはずなのです。「魂の親」ならば、相手の守護霊に語らせて責任回避などせず、正々堂々と「幸福の科学大学創立者・大川隆法」の名前で意見を出してみなさいよ!

それをしようとしないで、信教の自由や言論の自由、学問の自由だけを振りかざすのは、子供が駄々をこねているのと同じですよ。


信者の皆さんも、早くこの人の幼稚さに気がついて欲しいです。

2014年5月21日水曜日

大川隆法「私がノーベル物理学賞を今受賞してもかまわない」


 2014年3月18日発刊の『もし湯川秀樹博士が幸福の科学大学「未来産業学部長」だったら何と答えるか』という、非常に長いタイトルの本が出ています。この本のまえがきには、こう書いてあるようです。
 本文中にあるように、「ゴッドパーティクル」(神の素粒子)と呼ばれる「ヒッグス粒子」の存在(二〇一三年ノーベル物理学賞)を、私は一九八〇年代に既に予言している。宗教は万学の祖なのである。
私は1980年代から既に幸福の科学の本を読んでいましたし、1991年あたりから支部にも顔を出していましたが、「大川隆法がヒッグス粒子の存在を予言した」という話は読んだことも聞いたこともありませんでした。果たして本当か?と思っていたのですが、この本の中身までは読んでいませんでした。ところが先日、この本の内容を収録した法話を聴く機会を得ることができました(2013年12月5日より公開)。非常にダラダラとした長い話が続いたのですが、後半のほうでこんなことを言っていました。
 このまえ、「フューチャー・エクスプレス」を見ておったら、今年のノーベル物理学賞はヒッグスさんの「ヒッグス粒子」で貰っておりますけれども、ゴッド・パーティクルと言われる、まあ、神の素粒子ですよね。 
 ヒッグス粒子っていうのが存在することが、だいたい、証明できたということで、二人で貰っていましたですけれども、私が1980年代にその神の素粒子の存在を予言しているということで、「フューチャー・エクスプレス」でやってて、物理学で見える原子や電子よりももっと小さなものがあって、光子あるいは霊子と言われるようなものが存在しますと。
 光そのものがあの世の幽霊のように隠れてなくなったりこの世に現れたりするようなそういう素質を持っていて、そのもう一段小さなものが存在しますと。まあ、仮に霊子と呼んでもいいですけれど、みたいなことを言っていますけれども、これはゴッド・パーティクルのことで、ヒッグス素粒子ですね。 
 だからヒッグス素粒子は1980年代に発表しているので、私がノーベル物理学賞を今受賞してもかまわないのですが、まあ、実験装置を持っていないために貰えないことにはなるんですが、それは、まあ、わかってはいるんですが。

 「フューチャー・エクスプレス」というのは、会員向けに作られた布教活動レポート動画で、数年前は私も地区長さんからDVDをよく貸してもらっていましたが、ここ最近は地区長に会っていないので、見ることができません。そこでThe Liberty Webで検索したところ、似たような記事を発見しました。おそらく、「フューチャー・エクスプレス」と同じ内容だと思います。

「神の粒子」ヒッグス粒子の存在が確定 科学がどんどん霊界に近づいていく 2013.10.04
 東京大学などが参加する欧州合同原子核研究機構(CERN)の実験チームが、物質に質量を与えたとされる素粒子「ヒッグス粒子」の発見を確定した。関連データを、7日付の欧州の物理学専門誌「フィジックス・レターズB」で発表する。
(中略) 
 物質の起源に迫るヒッグス粒子の発見は、実は、霊界と物質界の関係を解明する新しい物理学への第一歩でもある。大川隆法・幸福の科学総裁は25年前、1988年発刊の『釈迦の本心』で、すでに次のように説いていた。

 「霊の世界における仏の光が、いろいろなかたちで霊体をつくり、また、霊体のなかにある光子体をつくっているのだ。地上に現われるときには、それが霊子という核をつくり、霊子がもとになって、現代物理学でいう素粒子が誕生する。そして、素粒子がさらに大きな物質を構成していくのである」

 現代の物理学では、標準理論で説明できない「重力」の問題や、宇宙の30%を占めるといわれる暗黒物質の問題などを解明する新しい理論の登場が待たれている。どんどん「霊界」に近づく最先端の科学からは、これからも目が離せない。(紘)

 これを時間順に考えると、こうなりますよね。
  1. 1964年 理論物理学者ピーター・ヒッグスがヒッグス粒子についての論文を提出。
  2. 1988年 大川隆法『釈迦の本心』で「霊子」が素粒子の核であると述べる。
  3. 2013年3月14日 CERN(欧州原子核研究機構)がヒッグス粒子の存在を実験的に検証することに成功。
  4. 2013年10月 ヒッグス、1964年の論文に対してノーベル物理学賞を受賞。
  5. 2013年10月 『The Liberty Web』または「フューチャー・エクスプレス」で、職員がヒッグス粒子と「霊子」を関連づけた記事を書く。
  6. 2013年11月頃 「フューチャー・エクスプレス」を観た大川隆法、法話にて「霊子」=ヒッグス粒子であると断言。
  7. 2014年3月18日 この日発刊の本の前書きに「私はヒッグス粒子の存在を1980年代に予言している」と書き加える。
本当、こじつけもいいところです。大川隆法がいつ「霊子」が素粒子に質量を与えると言ったのでしょうか?しかもヒッグスは大川隆法よりもずっと前に、ヒッグス粒子がどんな性質を示すのかを理論的に予想した、ちゃんとした論文を提出しています。これでは「万学の祖」なんて言えません。

 「霊子」という言葉はもともと高橋信次も使っていたし、もっと昔からオカルト愛好家の間で使われていました。シャーリーマクレーンなども「シルバーコード」という、魂と肉体をつなぐといわれる線に言及していますが、日本では霊子線と訳されていたと思います。これは、元を辿れば神智学という19世紀のオカルト思想から拝借した空想的な概念で、別に大川隆法が初めて言ったことではありません。ましてや、最先端の素粒子論とは何の関係もありません。

 こういう難しそうな話で素人の相手を煙に巻くやりかたは、神智学も科学も同じなのですが、科学のほうが支持される理由は、その理論が計算によって数量で表現されるような精密な予測が可能であり、しかも実験によって厳しく検証されるからなのです。ピーター・ヒッグスでさえ、論文でヒッグス粒子を予言したとしても、その後実験によって検証されるまではあくまで仮説であって、ノーベル賞をもらうことはできないのです。

 ノーベル賞をもらえないのは実験装置を持っていないからではありません。もし大川が数式を使って長い論文を書き、物理学専門誌「フィジックス・レターズ」に掲載された、というのであれば、ノーベル賞をもらえる資格はあるかもしれません。ですが、「霊子とは、実はヒッグス粒子なのです」などという、他人の業績をあたかも自分がやったかのように吹聴する一文を、何の根拠もなく自分の本に書いただけでノーベル賞がもらえるなんて思うのは、あまりにも甘すぎますよ。

追記:「神の粒子」という呼称について

 実験家レオン・レーダーマンらの著書に由来する。彼は最初、ヒッグス粒子のことを、見つけるのが非常に困難であるという意味で「goddamn particle(いまいましい粒子)」という名前で紹介しようとしたが編集者によって却下され、「God particle(神の粒子)」という呼称でマスメディアに紹介されるようになったという。却下された理由はおそらく、goddamnが「クソったれ」といった下品な言葉だったからではないでしょうか。神とは何の関係もありません。


2014年4月27日日曜日

マルチまがい商法にもあるピラミッド型組織構造

 パソコンの故障により、長らく更新が止まっていましたが、このたび、新しいパソコンを購入しましたので、久しぶりに更新しようと思います。

 人間というものは、投資をすればするほど、その投資が回収されるまであきらめきれないものです。これはパチンコの話であればわかりやすいです。一度、パチンコでチューリップが開いた経験があると、その経験をもう一度味わうのを期待して、何度も何度もパチンコ屋に通ってしまいます。いくら損をしても、「いつか取り返せる」という希望があるかぎり、一生懸命「努力」してしまうのです。その他のギャンブルも、お金が無くなれば無くなるほど、どうしても短期間に多額のお金が必要になってくるので、「一発逆転」を心の底から願ってしまうのです。

 ネズミ講(無限連鎖講)についても同じ心理がはたらくといいます。これは現在法律で禁止されていますが、これに非常に類似したマルチ商法あるいはマルチまがい商法は一般的な商取引と区別が困難であり、法律の網を巧妙にかいくぐっています。私は専門家ではないので、詳しいことはわかりませんが、この商法の特徴はピラミッド型の組織を作り、上位会員が下位の会員から金銭を吸い上げる仕組です。

 マルチ商法の組織に勧誘された会員は、上位組織から仕入れた商品を勧誘した何人かの下位会員に売って報酬を得ます。販売成績が良いと上のランクに上がり、報酬が増える仕組みです。しかし、この仕組みは理屈の上では可能なように見えても、実際は実現不可能な仕組みなので、必ず下位会員は利益を得ることができず、いくら努力しても上位会員に金銭を吸い上げられるだけになってしまうことがわかっています。下位会員が利益を出すためには常に新規会員を勧誘しなければならないのですが、勧誘できる人間は限られているからです。

 マルチ商法にハマっている人は「販売成績を上げるには?」とか「会員を勧誘する秘訣とは」とかいった名前の有料セミナーに参加したり、DVDや教材を買ったりするなどしてどんどんお金を上位組織に供給してゆくのです。幸福の科学は、このマルチ商法の仕組みを宗教に応用し、組織の頂点に向かって流れ込む金銭の流れを作り出したものと思われます。ただし、巷のマルチ商法では、しばらく時間がたつと下位会員は損ばかりすることにある程度気が付くことができるようです。これは金銭をモチベーションとした人々を対象としているから、比較的短期間に儲かるかどうかがある程度ハッキリしてくるのでしょう。

 ところが非常に巧妙なことに、幸福の科学では金銭そのものをモチベーションとしてはいません。「感謝」とか「光」とかといった精神的な概念が上位組織に流れるようにし、その流れの中に金銭を組み込んでいるのです。例えば、お金を上位組織に渡すことを「主への感謝の念いを形にする」とか「執着を断つ修行」とか称して本質が見えないようにしています。また、それに対する見返りのようなものとして「霊的な光の供給」や「幸福感」といった実体のないもの、あるいは「様々な経典・教え・法」を与えていると信じ込ませています。

 幸福の科学における「商品」は目に見えない「教え」とか「霊流」とかに相当します。原価が完全にゼロなのです。幸福の科学の霊界論は完全なピラミッド型構造であり、それを信者組織にも適用してお金を吸い上げる仕組みを作っています。これは非常に巧妙な「マルチ商法」であるにもかかわらず、宗教を名乗り「霊的」なことに目を向けさせることで、実は非常に即物的な商法であることを隠しているのです。熱心な信者はお金に執着はありません。植福をし続けて老後の蓄えが無くなったとしても、保険を解約したとしても、親から相続した大切な土地を失ったとしても、霊的な(実体の無い)価値に目を奪われている限り、自分の置かれている危機的な状況に気が付かないのです。

 自分では全く気がつかない。ハマっていることさえ気づけない。宗教における「努力」は死んであの世に帰ったときに報われる。もしそうなら、信者は生きている間、死ぬまで、その投資を回収することはできません。もし投資を途中で止めたら回収できなくなるのであれば、主への感謝、努力あるいは修行という名の投資を途中で止めることはできなくなります。やればやるほど、止められなくなる。なぜなら、既に何百万円も投資していて今更やめられないからです。こうなれば、何があっても、もはや前に進むしかない。たとえ教祖や教団に不祥事がたくさん起きたとしても、信じるしかない。自分に都合の良い解釈をするしかなくなるのです。信者が損害を受けても、これは試練だとか神仕組みだというふうに受け止めるので、組織からすればこんな都合の良いカモはありません。

 この一生続く「植福の連鎖」の中から脱出する方法はただ一つ、何の根拠もない「霊的な説明」を止めることです。これは自分自身を騙すための言い訳に過ぎないのです。そして、「長い間、何十年間も、自分は騙されていた」という事実を、素直に認めることです。



2014年2月8日土曜日

幸福の科学の信仰は悪い恋愛のようなもの


 このブログでは過去を振り返ることがメインなのですが、たまには現在の気持ちを書こうかなと思います。

 幸福の科学の皆さんは、生きがいを持ち、法友に囲まれ、「主のお役に立てる喜び」を感じていることと思います。幸福の科学は、決して怖い宗教ではありません。職員さんも優しいし、強制したり脅すようなことは決して無いーーそう、思っていることと推察いたします。

 私もそう思います。ですが、それは決して幸福につながらない、欺瞞に満ちた甘い人間関係、幻の幸せなのです。これは良い例かどうかわかりませんが,間違った恋愛の中にある女性のようなものです。悪い男に騙されている、ということは、別れを切り出されて初めて知ることになるのであって,恋愛中は幸せなのです。

 ただし、こういう良くない恋愛は、たまに不安でいっぱいになることがあります。彼の言うことを聞かないと急に拗ねたり、浮気をしたり、そのことを問いつめると手が付けられないほど怒り出したり、といったことがあるのです。しかし、恋愛中は「彼にも優しいところがある」と考えてしまうため、離れることができないのです。

 こういう男は「君のことを愛してる。好きだ。」「そのうち結婚を考えている」などと言いながら、5年も10年もズルズルとした関係を続け、女性が年を取ってから、冷たく別れを切り出すのです。不倫関係にある男も同じでしょう。「君のことを考えている」とか「妻とは別れようと思っている」とか言いながら、基本的に自分のことしか考えていないのです。

 「信仰とは恋愛のようなものです」と大川隆法は言ったことがあります。この言葉は的を得ています。私は神様を好きになること、これが信仰である、と理解していました。私は「人を好きになることは良いことだ」と単純に考えていました。神様が人間を創ったのだから、人間には仏性がある。神様を信仰するからこそ、他人に仏性を見いだすことができ、相手を真に愛することができるのだ,と考えていたのです。そういう心は罪が無く、純粋ではあるけれど、ズルい人から見ればネギを背負ったカモなのです。

 「エル・カンターレは愛の神」とか「主は信者の皆様をいつも愛してくださっています」とか、そういう綺麗な言葉だけを見てはいけないのです。恋人に金をせびる男のように、幸福の科学は信者に対してお金ばかりを要求しています。「伝道は愛の行為です」と言いながら、会員入会書にサインさせた後の人を放ったらかしにしています。あるいは、そのような新入会員に対してお金やボランティアの要求しかしません。「この世で不幸であっても,あの世では必ず天国に還れますよ」と言いながら、信者に多額の財産や土地を貢がせています。「雲水修行」と称して信者に金を出させた上で精舎でタダ働きさせています。確かに信者は幸福感を感じているかもしれませんが、行動面だけを見れば,奴隷と変わらないのです。

 この話を聞いて「この世的な人、唯物論的な人は心を見ないで行動だけしか見ない」とか「霊的に見れば、尊い仕事をしている」などと思う人は、将来、幸福の科学から裏切られた時に大変なショックを受けるでしょう。それは、彼に対して尽くし,貢ぎ、人生を犠牲にしてきた女性が、突然、別れを告げられるのと同じです。あるいは、結婚生活で奴隷のような扱いを受けた上、妻の容姿が衰えてきたら夫に浮気をされたり愛人を作られたりするようなものです。大川隆法は信者を絶対に裏切らないと、本当にそう思いますか?そういう人は大川隆法が今までどれだけ多くの身近な人たち(初期の幹部や、職員、妻など)を、守護霊などの口を借りた上で責任回避をしつつ罵倒し、そのあげく教団から冷たく追放してきたかをよくよく考え直して欲しいのです。

2014年1月11日土曜日

友達に勧められて誌友会員になる

 私は高校生の頃から、土屋書店発行の霊言集を読んでいました。私には同じ高校に友達がいて、その友達も霊言集の読者でした。彼とはノストラダムスの予言や、宗教の時代、新時代の到来などといった、他の人とは共有できないような話をすることができ、すぐに親友になりました。二人で図書館に行って、太陽の法、永遠の法、黄金の法を購入希望図書として申請したり、友達に本を薦めたりしていました。

 私たちの行っていた高校は有名な進学校であり、東大への合格者も毎年数名はいるような学校でした。勉強はなかなか難しく,私はついていくのに精一杯だったのですが、彼はさらに成績が良く東大理を受験して合格しました。私はと言えば,なんとか一浪せずにとある関東の大学に受かることができました。大学合格後、私は初めての一人暮らしに戸惑いながら、アパートで暮らしていましたが、あるとき彼から連絡があり、東京からアパートに訪ねてきてくれました。話を聞けば,彼は幸福の科学の正会員になったと言うのです。

 当時の幸福の科学には、正会員と誌友会員という2つの制度がありました。誌友会員は月刊誌を定期購読するだけの会員ですが、正会員は書籍を10冊読み、その感想文を書いて送り、入会審査を受けてから入会が認められる、というものでした。正会員には正心法語・祈願文という経文が与えられ,それを毎日読誦するよう勧められます。当時は会費もあり、たしか月3500円くらいだったと思います。

 彼は東大の学園祭で行われた大川隆法の講演ビデオを持ってきました。それは「黎明の時代」という題目でした。その内容は、今ではほとんど覚えていないのですが、これからは宗教の時代が来る、宗教家が最も尊敬を受ける時代が来る、と訴えていたように思います。東大の学生は今まで勉強をさせてもらったのだから感謝をしなければならない、そして未知の分野、宗教という分野に飛び込んで、その優秀な頭脳を他の人の救済のために役立てなければならない。そして、これまで社会の裏側にあった宗教の地位を表側に持ってきて、エリートが集まるようにしたい、なぜなら宗教は尊い仕事をしているのだから・・・という感じでしょうか。

 彼は私に,会員になるよう勧めてきました。私は、もちろん幸福の科学の書籍はほとんど読んでいたし、講演会にも行っていたのでずいぶん共感もしてはいたのですが、何か組織に入るというと少し怖いし、それなりにしがらみも多くなるかもしれないので、入会は躊躇していました。私は悪く言えば臆病、良く言えば慎重な性格だったので,発足して間もない幸福の科学が良い宗教かどうかを5年くらい見守り、その判断を見極めようと思っていました。

 ところが彼は東大に入るや否やすぐに正会員となり、仲間もでき、学生部で活動しながら生き生きとした学生生活を送っているように見えました。あのおとなしくてもの静かだった彼が、笑顔で冗談を言うようになるなんて、こんなにも変わるものなのか・・・私はしばらく迷ったあげく、誌友会員ならいいよ、ということで、毎月月刊誌の定期購読をすることになりました。

この記事の続きはこちらです。

2014年1月5日日曜日

二回目の大講演会「大宇宙の悟り」

 二回目に参加した講演会は1990年8月26日、やはり幕張メッセ国際展示場で開催された「大宇宙の悟り」でした。この時は、私は一人で行きました。これは大川隆法の過去世の一人として太陽の法に書かれている、ムー大陸の王・ラ・ムーが宇宙人と遭遇し、様々な過去や未来を見せられるという話を述べたもので、「悟りの発見」の第4章に収録されています。これはネット上にもアップされているようで,以下のリンクから聴くことができます。

http://www.youtube.com/watch?v=42gL8GwhDdI

 聴いてみるとおわかりのように、ゆっくりとした言葉、何か本当に遠い過去の記憶を思い出すかのように滔々と述べてゆく話の展開に、やはり引き込まれるものがあると思います。超古代文明と宇宙人の話です。証拠は全くありません。ただ、聴衆はあの幕張メッセの広い会場を埋め尽くしています。聴衆の中には、やはり泣いている者,手を合わせている者もいます。どの人も大川隆法が本気で話をしていると思って、聴いているのは間違いありませんでした。
 こんな話を信じることができるのだろうか。しかし、もしこのような霊的なビジョンを見ることができるのが大川隆法ただ一人であるとしたら、どうだろう?彼にしかわからない真実。それを他の人にも伝えるべく、こんなに頻繁に大講演会を開いて語っているとしたら?私は、書きとめた話を帰宅してからワープロに入れ、何度も読み返すようになりました。こうして私は、定期的な本の読者から定期的な講演会の参加者となりました。

2013年12月26日木曜日

初めての大講演会:「人生の王道を語る(序論)」を聴きに行く

 手塚治虫のマンガ「ブッダ」を読んで感動していた私は、土屋書店の霊言集も読んでいました。西荻窪の総合本部にも偵察に行ったくらいですから、私は幸福の科学にだいぶ関心を持っていたのでしょう。どの霊言集かはわかりませんが、講演会のご案内、というチラシが本に挟まっていたように思います。そこには幕張メッセで開催される「人生の王道を語る」という講演会の案内が載っていました。この講演会は二部構成であり、前半は序論で初心者用、後半は上級者用といった感じだったように思います。
 当時,霊言集には大川隆法の写真は載っていませんでした。私は、著者の大川隆法がどんな人なのか、どんな話し方をするのかを知りたくて、初めて千葉という、実家からそれなりに離れた土地まで電車で遠出して、講演会に参加することにしました。チケットは、電話で問い合わせて郵送してもらいました。3千円くらいでしたでしょうか。当時は一人で行くのはさびしかったので、弟を連れて行ったのを覚えています。大川隆法の顔を見るのが目的だったので,私達は前半の部だけに参加することにしました。
 1990年6月3日。講演会当日が来ました。会場にはかなりたくさんの人がいるのに驚きました。やがて開演時間がやってくると奉納曲と呼ばれる音楽と、様々な自然の風景の映像が会場に流れ、様々な色の照明が光の演出をしてゆきます。なんだか心が落ち着くのを感じながら、大川隆法の登壇を固唾を飲んで見守る観客達。音楽が終わると,大きな拍手とともに舞台の横から大川隆法が登場し、話しはじめました。思ったより小柄だなーという印象です。会場はかなり広かったため、自分たちの席から見ると大川の姿は非常に小さかったので、モニター画面でしか顔を確認できませんでした。その口調は抑揚が効いていてゆっくりとしていました。
 彼が話し始めると、近くですすり涙を流す人の声が聞こえてくるのに私たちは驚きました。それほどまでに感動するものなのか?と思いながら、やはり、「新興宗教団体の中に入ってしまったんだなぁ」という思いの中、講演内容を聞きました。私は,これほどの多くの人たちが、涙を流すほど感動しているという、その雰囲気に飲まれそうになりました。
 人の心は、いくつかの杭が刺さっている川の流れのようだ。その杭に、ゴミがいっぱいひっかかっているので、悩みが生じる。反省によってその杭を一つ一つ抜くことによって、心は調和され,川の水はサラサラと流れてゆくのだ、そのような心が平静心である・・・
 そんな内容だったように思います。前半の話が終わり、休憩時間に入りました。後半には本論がありますが、私たちは序論だけを聴いて、そのまま帰宅しました。後で聞いた話では、後半の話は「礼・知・信・義・勇」の話だったそうです。前半の話の指導霊は老子、後半の指導霊は孔子ということを聞いたことがあります。このように、当時の講演会には「指導霊」がついていて、話の内容によって指導霊が変わる,と言われていました。これが、私の初めての講演会への参加です。

2013年12月16日月曜日

西荻窪の総合本部を遠くから眺める

 幸福の科学の初期霊言集は、潮文社、土屋書店、幸福の科学出版の3つの出版社から出ていました。潮文社発行のものは善川三郎編であり、一番文章量が多く、対話編が中心でした。土屋書店から出るようになってからは大川隆法著という形となり、霊人が語り下ろすという形式になりました。その後幸福の科学出版からは、霊言だけでなく理論書と言われるものも出るようになりました。
 幸福の科学の書籍の後ろには、活動概要と入会案内が載っていました。当時の総合本部は東京の西荻窪にあり、その地図も載っていたのです。それによると、中央線沿線の西荻窪駅から歩いてすぐの場所でした。私は中央線で高校に通っていたので,当時の総合本部に興味を持ち、近くまで行ったことがあります。
 当時はまだ宗教法人になっていなかったのですが、なにぶん新しい組織ですし、警戒心もありましたから、扉をたたく、などという勇気はなく、そばで様子をうかがうといった程度でした。遠くから総合本部を確認すると,「人生の大学院・幸福の科学」という看板が見えました。
 この言葉は、大学を出た後も、人生ではずっと学び続けなければならないものがある、それが神理である、という意味だったかと思いますが、確か「幸福の科学入門」という本に出ていた言葉で、初期のキャッチフレーズでした。この頃の幸福の科学は特定の神様を信仰しなくても良く、会員は好きな霊人をバラバラに信仰していたように思います。信仰と言うよりも、霊人のファンである、と言ったほうが良いかもしれません。
 しばらく様子を見ていると、中から背広を着た職員らしき人が出てくるのを見ました。たぶん、正心宝と呼ばれるネックレスをぶら下げていたような気もします。この正心宝というのは、キリスト教信者で言うところの十字架のようなもので、Oの中にRが入ったデザインでした。これは大川隆法の頭文字を意味します。
 その職員らしき人は、いたって普通の人に思えました。ニコニコしながら歩いているので、怪しい雰囲気もありません。私は当時,幸福の科学の職員になれるような人は皆悟りを開いており、霊道も開けているのではないかと思っていました。だから総合本部の中に入れば,私に憑いている悪霊を指摘されたり、過去世を当てられたりするのではないかと思っていたので,声をかけたり近づくことはせず、そのまま静かに帰宅したのを覚えています。


2013年12月5日木曜日

太陽の法は私の好奇心を満たしてくれた

 前回まで、太陽の法の旧版と新版の比較を行ったのですが、1987年当時の高校三年生の私にとっては、そのようなことはわかるはずもありません。「太陽の法」では神による宇宙と地球の創造、魂の性質、悟り、アトランティスやムーといった超古代文明の様子などといった、スケールの大きな世界観を説いていました。そこには学校の教科書には載っていない、見たことも聞いたこともない話がたくさん載っていたのです。
 「幸福の科学には高学歴の人がたくさん入っている」という言葉はよく言われました。特に幸福の科学が急成長しているかのようにテレビで報道された時期はそう言われました。会員は、それを良い意味に捉えていました。東大卒の教祖というのは、とても珍しい存在でしたし、受験勉強を肯定し、社会的成功や経済活動を肯定する新興宗教というのは、大学を卒業したいと思っている人にとってはまことに安心できる宗教に思えました。
 しかし一般の人にとっては「高学歴の人が何故、新興宗教に?」という、ネガティブな意味で言っていることが多かったと思います。「幸福の科学?あー、高学歴の人がよくひっかかっているよね」と言われたこともあります。私は「この人はまだまだ新しい宗教に対する偏見があるけれども、幸福の科学は他の宗教とは違う,知的な宗教だということを認めてくださっているのかな」などと我田引水的に考えていました。他人の言葉を都合良く解釈するというのも幸福の科学の特徴です。会員にとっては、「常勝思考」を実践しているつもりなわけですけれど。
 私は最近になって思うのですが、学校という所は、ある意味、信じやすい心を持つ訓練を受ける場所でもあるのではないかと思えます。学校の先生が言うことや、教科書に書いてあることに対して疑問や反発を持つ人は、勉強が遅れます。受験勉強は時間との戦いですから、「呑み込みの早さ」が大事なわけです。勉強の基礎は読解力にあります。私は本をある程度読んでいたので、国語も得意でした。それゆえ、他の科目の問題文も素早く理解することができました。ただし、読む本のジャンルは理科系にばかり偏っていたと思います。
 初期の会員には読書が苦手な人は少ないように思えます。「太陽の法」で書かれていることは、「霊的な世界」の話であるわけですが、その体系化された大量の知識は読書好きな私の好奇心を満足させたのかもしれません。知識は、もっぱら書物から得るのが普通だったし、書物に書いてあることにウソは無いと信じていたからこそ、まるで食べ物を片っ端から食べていくように幸福の科学の本を次々と読んでいくことが可能だったのです。
 しかし私には批判的に書物を読む,という読み方は知らなかった。大人はウソをつくこともあるということや、信用できない人もいる、ということも知らなかった。それどころか、世の中の犯罪者というのは、あのレ・ミゼラブルの主人公のジャン・ヴァルジャンのように、やむにやまれぬ事情があって、心ならずも悪を犯してしまったのである、彼らには同情すべき余地もある、などと考えていたくらいですから、非常に純粋な、ウブな青年だったのを思い出します。先生が言うことや教科書に書いてあることをすんなりと受け入れることができる、という訓練を学校や受験勉強で受けていたからこそ、幸福の科学でも先生=大川隆法主宰先生の言うことを受け入れ続ける姿勢ができたのかもしれません。

2013年11月18日月曜日

高橋信次霊との最初の霊界通信の際に交わされた会話の内容とは

 1987年6月に出版された初版太陽の法では、高橋信次霊との最初の霊界通信で交わされた会話の様子が詳細に述べられています。この部分も、1994年改訂版では大幅に変わった部分です。以下に、新旧二つの版から引用して比べてみましょう。

旧版「太陽の法」

 しかし、決定的な瞬間がきました。一九八一年六月のある夜のことです。いままで聞いたこともないような荘厳な声が、突然、私の心に響いてきました。そして、高橋信次という人が、私に、通信を開始したのです。この方は、ちょうど五年前に亡くなっており、私は、その方の生前に一面識もなく、その存在すら知りませんでした。
高橋「大川隆法よ。今日、私は、おまえの使命をあかすために来た。おまえは今後、おおいなる救世の法を説いて、人類を救わなければならないのだ」
大川「先生、私は一介の商社マンです。しかも、かけ出しの新入社員です。この私などに、なにができましょう。それとも、お嬢さんがついでおられる、GLAという団体の協力でもせよとおっしゃるのですか」
高橋「GLAは、おまえを必要としない。おまえは、おまえの道を切り拓け。独力で自分の道を切り拓いてゆけ」
このとき、高橋信次と名のる霊は、私の使命と、私がなにものであるかを語りました。

 この最後の高橋霊の言葉は、「高橋信次の新復活」のまえがきに書かれていたものと同じです。「高橋信次の新復活」は「太陽の法」初版が出版された1ヶ月前の1987年5月に出版されています。(大川隆法は高橋信次の後継者を自ら名乗っていた参照)
 ここで上記の引用部分をよく読んでみてください。高橋霊の「GLAは、おまえを必要としない。」という言葉は大川隆法の「GLAという団体の協力でもせよとおっしゃるのですか」という質問に対する答えであることがわかります。つまりこれは、「GLAは大川隆法の協力を必要としない」という意味であると捉えるしかありません。ところが新版では以下のように内容が変わりました。

新版「太陽の法」

 その高橋信次も、この年の六月、はじめて霊示を送ってきました。内容は簡単なものでしたが、要約すると次のようなものでした。
一 自分は生前、釈迦の生まれ変わりだと説き、かつ、それをほのめかして書いたが、これは間違いであった。関係者にお詫びしたい。
二 あなた(大川隆法)が、釈迦の再来である。
三 指導霊たちに止められていたのに、まわりのすすめるままに、自分はGLAという組織を宗教法人化してしまった。自分の使命は、事業家兼一霊能者までだったのに、宗教にしてしまったために、一九七六年の死後から五年間、妻や長女、弟子たちを苦しめてしまった。まことに申しわけない。
四 以上の理由で、あなた(大川隆法)は、GLAの教義を継ぐ必要も、団体を継ぐ必要もないので、独自の道を歩まれるべきだ。
この時点で、私は、GLAという団体が、高橋信次の死後、空中分解に近い大混乱をまき起こしていたことを十分な情報としてつかみきっておらず、まだ一介の商社マンでした。そのため、高橋信次の問題点を十分に把握していませんでした。

 高橋霊の言葉のうち、1番から3番までは、後から付け加えられたものであることがわかります。また、4番に示された高橋霊の言葉に注目してみてください。「GLAは大川隆法の協力を必要としない」という文章の主語が入れ替わり、「大川隆法はGLAの教義や団体を継ぐ必要はない」に変化しています。これは非常に微妙な言葉のすり替えです。
 信者の皆さんは、もしも「大川隆法の協力」が「GLAの教義や団体を継ぐこと」を意味するのであれば、文章全体の意味は変わらないのではないかと思うかもしれません。しかしそんなことはあり得ません。なぜなら、大川は高橋信次の娘の高橋佳子が既にGLAを継いでいることを知っていたからです。「お嬢さんがついでおられるGLAという団体の協力でもせよとおっしゃるのですか」という大川の質問に対する答えが、「あなた(大川隆法)はGLAの教義や団体を継ぐ必要はない」というのはあまりにも不自然すぎます。宗教団体に協力をするということと、宗教団体を継ぐということの間にはあまりにも大きな違いがあることに、気がついて欲しいです。
 それではなぜ新版の高橋霊は唐突に「GLAの教義や団体を継ぐ必要はない」と言ったのでしょうか?初期の大川隆法が高橋信次の後継者としてデビューしたことを思い出してください。この高橋霊の4番目の言葉は、会の大きな方針転換を信者に知らしめるための言葉なのです。大川隆法は高橋信次の後継者という立場を利用して信奉者集めをし、新団体を立ち上げ、そして1994年になると利用し尽くした高橋信次霊とその信奉者を切り捨てたのです。
 もう一度新版の文章を読んでみてください。1番の文章で高橋霊は釈迦の生まれ変わりをほのめかして書いたことに対するお詫びから入っています。2番では釈迦の生まれ変わりは大川であると言い、3番ではさらに宗教団体を作ったことに対して再度お詫びをしています。その後主語が入れ替わった4番を読めば、仮に論理的な意味は同じであったとしても、既に立場は逆転しています。旧版と新版の文章の書き換えの大きな狙いは、大川隆法と高橋信次の立場の逆転にあるのです。
 このような不誠実さの漂う言葉のトリックは国のお役人や官僚の文章にもみられますね。私は東大卒の人に特有な文章能力だなぁと感心してしまいます。さらに新版の文章には、ご丁寧にも、私は当時一介の商社マンだったので高橋信次の問題点を把握していませんでした、などと言い訳がましい言葉をつけています。ところが一方、信者の皆さんを混乱させて申し訳なかった、などの謝罪の言葉を述べたことは一度もないのです。高橋信次の霊言で言っていた「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉は間違っていた、釈迦は偉いのだから謝る必要は無い、ということなのでしょう。
 このように大川隆法は「自分は悪くない」ということを非常に遠回しに言ったり、教団内の問題を霊の口を借りた上で弟子や部下のせいにする傾向があります。この傾向は最近の離婚騒動で再び顕著になってきたことから、私も最近になってやっと大川隆法の子どもっぽい性格に気がつけるようになってきた次第です。